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落第寸前の私を窮地から救ってくれた英語の小テスト(中学時代)

落第寸前の私を窮地から救ってくれた英語の小テスト(中学時代)

あれは中学1年生のときでした。

 

初めて英語を勉強しましたが、その時は「少し面白いな」と思ったくらいで、「好き」という気持ちはあまりありませんでした。 でも、中1の内容は比較的、分かり易かったので、テストの点数はなんとか90点以上取れていました。

 

ところが、中2になると文法でつまずきだんだん勉強が面白くなくなりました。そして、中間テスト頃から50点くらいしか取れなくなってしまいました。どの文法で分からくなったのか、今でもはっきり覚えています。

 

例えば、You are hungry. が疑問文になるとAre you hungry? のように、どうしてAreが前に出てくるの?とか、He likes dogs. が Does he like dogs? のように、なんでいきなりDoesが出てくるの?とか、そんな基本的なこともあまり分かっていませんでした。

イメージ

You are hungry ⇒ Are you hungry?

疑問形になるとDoesがどこからともなく現れるし、likesの”s”が無くなる。それに、疑問形ではHe, She, ItにはDoesが使われ、I, You, We, TheyならDoが使われる、ということさえ把握しきれていないまま授業は進み、理解できないのでだんだん英語が嫌いになっていきました。家に持ち帰るテストの点数が50点より下になった時、母が心配して私を英語の塾に入れましたが、それでもイマイチ分からない日々が続いていました。

 

言われるがまま塾に通いましたが、塾に行ってもどうせ分からないのに面倒くさいなぁ、などと思っていたように記憶しています。その頃、学校では英語の授業が始まる前に文法の小テストをさせられていました。それは教科書とは別に、先生独自の考えで追加された内容でした。肯定文から疑問文に変える、肯定文から否定文に変える、という単純な内容でしたが、何かしら間違うので、苦痛を感じていました。

 

でも、振り返って考えると大切な内容だからこそ先生が繰り返し小テストをさせていたんじゃないかな?と思います。大袈裟だけど、その後の英語生命の分岐点ともいえるほど、重要な内容だったと今では分かります。

 

そんなある日、いつものように手探りで小テストを解いていると、なんと今まで分からなかった問題が突然分かったのです!それは、稲妻に打たれたような感覚でした。今まで濃霧の中でぼんやりしていた視界が一気に開けたのです。この感覚は今でも忘れられません。

 

この体験のお陰で、躓いても諦めずに分かるまで勉強すればいつか道は開けるんだ!という自分を信じるチカラが付きました。もし、教科書通りに授業を進めるだけの先生だったら、私はこの時点で完全に落ちこぼれていて、何に対しても自信を持てないまま人生を送っていたかもしれません。こんな私を窮地から救ってくれた先生には感謝してもし切れません。

 

ただ、言うまでもなく日々の積み重ねも大切です。塾は週1回1時間を3年くらい続け、その他に自習も怠りませんでした。学校の授業の予習・復習、そして市販の問題集を解き、単語を覚え、長文音読もしていました。このような小さな積み重ねがあったからこそ、学校の小テストで突然理解ができたんだと思います。

 

中2の前半で嫌いになりかけていた英語が、中2の後半ではすっかり好きになっていました。好きになるとどんどん自分から勉強したくなるので、成績は急上昇しました。中学3年生の英語の先生は、答案用紙を返すとき成績優秀な生徒の点数を読み上げていました。毎回、クラス全員の前で先生から褒められるようになると嬉しさ倍増でもっと勉強しようという気持ちになっていきました。

ここで英語とは関係ないお話しになりますが、実は中1後半から中2の半ばまで、少しいじめられていました。でも、英語の成績が上がるにつれて、いつの頃からかイジメていた人たちの態度が変わってきて、私に英語の勉強法を聞いてきたり、親しく接してくるようになりました。登校拒否になるほど学校が嫌だったのですが、英語のお陰でイジメがなくなり普通に学校に行けるようになったのです。

 

一般的には、英語ができるようになると、世界中の人とお話しができるとか、もっといい仕事に就けるということが目標になるのかもしれませんが、私の場合はイジメられなくなった、という生々しい体験を通してもっと勉強しよう、と頑張れたのかもしれません。

 

高校生になると文法も更に難しくなり、何度も壁にぶつかりましたが中2の体験を思い出しながら勉強を続けていました。テストの点数はなんとか80点以上を保っていたように記憶しています。ただ、高1の文法の先生の発音があまりにひどくて気持ちが萎えてしまいました。その先生は50代くらいの男性で、There isをゼアリズとThere areをゼアラーと思いきりカタカナ英語で発音していたのでそこに気が取られてしまい集中できなかったのです。

 

高2の先生は30代の男性で、発音も比較的良かったので気に障ることも無く学習に集中できました。また、当時流行っていたシンディ・ローパーの曲などを教材に、聴き取りテストをしてくれたので洋楽ファンの私にはワクワクする授業でした。

 

高3の先生は40代の女性で、発音は良かったと記憶しています。教え方も丁寧で良く分かりましたし、親しみやすい人柄だったので積極的に質問しに行っていました。この頃、5教科で成績が良かったのは英語だけだったので、迷うことなく関西外国語大学の英米語学科を受験しようと決めました。先生は受験の追い込みで補習をしてくれていましたが、私は独学の方がより頭に入ると感じていたので、帰宅して家で受験勉強に精を出していました。

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